秋の夜長はDVD鑑賞もよろしいかと。
が、秋のみならず年中オススメしたいDVDが“love,speed&loss”。
70年代の世界グランプリに彗星のごとく現れた無名ライダー、キム・ニューコムの姿を妻ジャニーンの目線から描いたノンフィクションムービーです。
その情熱たるや凄まじいですよ、ホントに。
西ドイツのケーニッヒ社が生産していたボート用エンジンに魅せられたニュージーランド人の若者キム・ニューコムが、直接メーカーに「アナタの会社のエンジンは素晴らしい!」と賛辞を送り、それに気を良くした社長が「じゃ、ウチで働くかい?興味があるならドイツにいらっしゃい」と返す。で、誘われるがまま言葉もわからない西ドイツに妻と共に渡り、エンジニアとしての才能を開花させていく……。普通なら、これだけで十分ドラマになる話でしょう?
なのに、そのエンジンを独学で創ったオリジナルフレームに搭載してバイクを作りあげただけでなく、キム自身がライダーとしてレースに出場。しかもドイツ国内で連戦連勝を重ねて、アッという間に世界グランプリにまで昇りつめ、わずか2年目に最高峰の500ccクラスで優勝。その勢いのまま最終戦までチャンピオン争いを繰り広げるという、怒涛の超一直線サクセスストーリーなのです。
結末としては73年のグランプリ最終戦の前に出場したイギリスでのローカルレース中にクラッシュして死亡。この年、チャンピオンになったMVアグスタのフィル・リードに次ぐランキング2位という成績を残してこの世を去ることになるのですが、そんなキムの激しい生き様が77分間の中にこれでもかと詰まっています。
それにしても、よくこれだけ当時のフィルムを残していたものだと思います。若く美しい妻ジャニーンと幼い息子マークがキムと共にグランプリを転戦しながら生活していく様は、グランプリが通称“コンチネンタル・サーカス(大陸から大陸、国から国へと移動するサーカス集団になぞらえた言葉)”と呼ばれた頃のみずみずしさに満ちています。
コンチネンタル・サーカスという言葉にある種の憧れや郷愁を感じる人って多いかと思いますが、マン島は今なおそんな当時の雰囲気を色濃く残しており、僕がマン島TTレースに惹かれる理由のひとつでもあります。
キム自身の最期は悲劇的で、死へ向かう過程の描写が思いのほか長くて生々しいため、途中で滅入りそうにもなりましたが、時が経ち、キムを取り巻く家族や友人たちが彼のことを語る時の表情がなんとも誇らしげなので救われます。大人になったマークが「父親に会いたいと思うよ。どんな人だったかを知ってからはなおさらね…」と語り、父が駆ったマシンで大観衆の中をデモランするシーンはグッとくるものがありました。
キムの肉体、あるいはその魂が死後どうなったか?それには、ちょっとした後日談もあるので、本編の中でご覧になってください。
最近話題になったバイク関連の映画では、アンソニー・ホプキンス主演の“世界最速のインディアン”がありました。実在した一人の男、バート・マンロー(彼もまたニュージーランド人)が世界記録に懸ける執念を描いた映画でしたが、これに感動した人はさらに涙することでしょう。映画ゆえにリアルさに欠けるとか、映画なのに演出が物足りないと感じた人もこの“love,speed&loss”には、きっと心震えるシーンを見つけてもらえることと思います。
バート・マンローといい、キム・ニューコムといい、ジョン・ブリッテン(エンジンまでまったくのオリジナルバイクを作り、世界中のツインレースを席巻したエンジニア)といい、ニュージーランドという極めてのどかそうな風土から時々輩出される爆発的なバイタリティの持ち主は一体なんなのでしょうね?才能と情熱に溢れる天才を育んだそんな国にいつか訪れて、願わくば住んでみたいと思うこの頃です。